入学予定者の皆さんへ 健康栄養学科長からのメッセージ
「メタバース」から「ユニバース」へ
健康栄養学科
学科長 大久保 剛
2023年が幕を開けました。
健康栄養学科に入学を予定されている学生さんにとっては人生の節目の一つとなる、自分史の系譜に記載される一年になります。
翻って、今をさかのぼること30年前の1993年4月に私は、東京大学大学院農学生命科学研究科の修士課程の門を叩くことになります。東京大学と言えば日本の最高学府と言われる大学です。しかし、私の入学した当時は、e-mailは殆どなく、パソコンも学生一人に一台の時代ではありませんでした。文献を引くにも紙ベースで検索し、大学の図書館へ向かう日々でした。Wordを使って文章を書くなんてこともなく、ワープロがまだまだ重宝がられていました。今日の自分の研究室の机の上を見ると当時と比べて本当に隔世の感があります。
本学へ入学する皆さん、改めて「おめでとうございます」。そこで、この場を使って情報に溢れている社会で暮らす皆さんに一つ私から語り掛けたいと思います。
皆さんは、Instagram、LINEなど毎日のように使われているかと思います(私はおじさんなのでfacebookを使っています)。SNSは無限の広がりを見せています。そして、web上には無数の情報が氾濫しています。仮想空間が現実を支配するが如く、AR(Augmented Reality : 拡張現実) やVR(Virtual Reality:仮想現実)が溢れており、皆さんは知らない間に「メタバース」の世界に引きずり込まれています。
私が学生だった頃に比べれば、もとい、比べようのないほどの情報が一瞬にして入手できる世界です。でも、私は、皆さんが羨ましいとは思えません。なぜでしょうか?
実は、皆さんは、メタバースの世界から自分の好きな情報を恣意的に選択して得ているからです。だから、好きなことにしか興味を持とうとしません。そして、目的の情報(正しい情報か間違っている情報かは別にして)が瞬時に手に入るので、直線的に物事を考え、無駄を極端に嫌い、直ぐに正解を欲しがる傾向が強いです。私たちは、なかなか目的の情報に辿り着けなかったので、色々な思考を巡らせ、Try&Errorを繰り返し、膨大な無駄を経験しました。その結果、論理的に物事を考えるLogical Thinking を身につけました。だから、私は皆さんを羨ましいとは思わないのだと思います。
将来、管理栄養士になる皆さんにお尋ねしますが、自分の好きな物ばかり食べていたら何れはどうなりますか? 栄養が偏って健康を害してしまいます。これは、情報も一緒です。関係ないと興味の無いことから目を背けていたら、ユニークで魅力的な人間にはなれません。管理栄養士の仕事の一つに栄養指導という仕事があります。これは、指導を受けるヒトからの信頼を勝ち取らないと、自分の栄養指導を聞いてくれることはありません。何となく皆さんも理解できるかと思います。ヒトの信頼を勝ち取るためには、やはり魅力のあるヒトであって欲しいと思います。
このため、皆さんには、自分に興味の無いことでも一回は真剣に耳を傾ける習慣を身につけて欲しいと思います。皆さんは本学科入学後に、人体のこと、病気のこと、栄養のことを専門的かつ高度な内容を学ぶことになります。これらの学びは、大学に入ってから初めて触れるものが多いかと思います。しかし、実は全く異なる世界ではなく、基礎となる部分には、高校で学んできた国語(文章読解力)や数学、生物、化学の知識が密接に関係していることに気付かされます。つまり、興味が無いと避けてきた化学や生物の基礎をしっかり理解していないと大学での学びが「砂上の楼閣」になってしまいます。大学入学は、新しい環境への移行になります。これを機会に目を背けていたことへも勇気をもって飛び込んでみて下さい。大いなる無駄もあるでしょう。しかし、この無駄な時間を包み込んでくれるのが、大学のモラトリアムなのです。
次にもう一つ、皆さんにお伝えします。得た情報が、正しいのか、誤っているのかを見分ける思考、Critical Thinking を身につけ、鍛錬して下さい。常に物事を建設的に斜めから批判的に見る習慣です。教員が言っているから「正しい」のですか? 権威を持った人が言っているから「正しい」のですか? 特に皆さんが学ぶ栄養学は生物や化学と密接に結びついているので日進月歩で Science は進化しています。私の頃の教科書には当然、iPS細胞の記載は一行もありません。ただ、疑う心は常に建設的でなければいけません。相手の穴探しにばかり注力していては、心が歪んでしまいます。
このように考えると、ごった返している混とんとした情報の渦に飲み込まれないようにするにはどうしても、Logical に Critical に物を考える習慣を身につけることが必要になってきます。では、どのようにして身につけるのでしょうか? これは、人間を相手に深く議論を尽くすことが重要になってきます。そこには大いなる無駄が出てきますが、これを包み込むにはモラトリアム期間を過ごせる大学がもってこいの「場」になります。私も大学時代の友人とは今でも年に数回飲みに行っています。そこでは、最近の話題、学生時代の話題、多岐に渡って語り合い、理解を深め、新しい発見をしています。大学時代の友人は利害関係がないので生涯に渡る友人になることがあります。4月の新しい出会いが、生涯続くことがあり得ます。その友人とは色んな話題を真剣にとことん語り合ってみて下さい。つまり、ヒトを相手にして「ユニバース」な世界観を楽しんでください。
日本は少子高齢化で女性に厳しい社会です。そんな時こそ、「女子大学」に入学した意義を噛み締めて下さい。我々は、女性に厳しい日本社会を生き抜くために「知」を授けるために日々、研究活動、教育活動に没頭しています。本学は、少人数制の利点を生かして、ユニバースで一人一人の顔を見ながら「知」を授けていきたいと思っています。
本当に本学での大学生活において right eye で right な判断を、right にして欲しいと思います。もう一つの left eye で right eye を Critical に見て欲しいと思います。今だからこそ、「メタバース」から「ユニバース」へ変換するためにこのモラトリアム期間を大切に使って欲しいと思っています。
最後に、ここに書いた、私からの皆さんへのメッセージが正しいのか、誤っているのか Critical に見ることから始めてみませんか?
4月、皆さんが本学に入学されることを学科の教職員一同、心より楽しみに待っています。